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東京地方裁判所八王子支部 昭和53年(ワ)1144号 判決 1992年12月09日

原告 山基建設株式会社

右代表者代表取締役 山田基春

右訴訟代理人弁護士 藤井博盛

被告 武蔵野市

右代表者市長 土屋正忠

被告 後藤喜八郎

被告 花倉敏秋

右三名訴訟代理人弁護士 中村護

同 三浦喜代治

同 中島紀生

同 町田正男

同 長沢由紀子

同 関戸勉

同 伊東正勝

同 波多野曜子

右中村護訴訟復代理人弁護士 池田利子

同 林千春

同 安井規雄

同 古川史高

主文

一  被告武蔵野市は、原告に対し、金五三一万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告武蔵野市に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告後藤喜八郎、同花倉敏秋に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告武蔵野市との間ではこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告武蔵野市の負担とし、原告と被告後藤喜八郎、同花倉敏秋との間では原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告武蔵野市及び同後藤喜八郎は、原告に対し、各自金二五〇九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被告花倉敏秋は、原告に対し、金二一四六万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  被告らは、原告に対し、株式会社朝日新聞社(東京本社)発行の朝日新聞、株式会社毎日新聞社(東京)発行の毎日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞の各全国版社会面に、別紙謝罪広告文案のとおりの広告を、見出し三倍活字、本文一・五倍活字、記名宛名二倍活字で一回掲載せよ。

第二事案の概要

本件は、東京都武蔵野市内でマンションの建設・販売を行う業者である原告会社が、昭和五一年から昭和五三年にかけて同市吉祥寺南町一丁目に八階建のヤマキマンション(以下「本件マンション」という。)を建設した際、武蔵野市から、同市が制定した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱」(昭和五三年一〇月一二日改正前のもの。以下「本件指導要綱」という。)に基づく行政指導を受けたが、本件指導要綱に定められた日照被害を受ける住民の同意を得ないで、かつ教育施設負担金の納付をしないで建設工事を進めたことを理由に、給水契約の申込及び公共下水道の使用を正当な理由なく拒否されたとして、武蔵野市、元同市長、元同市水道部工務課長を被告として、国家賠償法一条一項、民法七〇九条に基づき、隣接マンションからの引水設備や汲取槽の設置に要した費用等の損害賠償及び謝罪広告の掲載を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

(一)  当事者

原告会社は、昭和四六年五月に原告会社の代表者である山田基春が設立した山田建設株式会社と、山田基春の個人営業であった不動産業とを昭和四八年七月に統合して商号を現在の山基建設株式会社とした土木建築工事の請負業、不動産の売買等を目的とする資本金四〇〇万円の株式会社であり、被告武蔵野市(以下「被告市」という。)は、厚生大臣より水道事業の認可を受けて武蔵野市全域に給水をしている水道事業者であるとともに、公共下水道の管理者である。被告後藤喜八郎(以下「被告後藤」という。)は、被告市の市長として、被告市の水道事業の管理者たる権限を有し、また同市の下水道の排水に関する事項等を管掌していたもの、被告花倉敏秋(以下「被告花倉」という。)は、同市水道部工務課長として、給水工事、指定水道工事店に関する事項等を管掌していたものである(以上の事実については、当事者間に争いがない。)。

(二)  (<書証番号略>、証人伊藤隆造、重田幹雄、角倉仁志、松原清一、原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1 被告市における本件指導要綱制定の経緯及び内容等

武蔵野市は、東京都杉並区の西隣に位置し、その大部分が静かな住宅地であるところ、同市内においては、昭和四五年ころから都心への交通の便利さに加え、井の頭公園などの緑地にも恵まれ、下水道もほぼ完備されるなど生活環境も良いことから、マンション建設が急増し、マンション建設業者と日照阻害、電波障害、プライバシー侵害等の阻止を主張する従来からの住民との対立が深刻化し、住民からの市議会や市当局に対し紛争の解決を求める請願、陳情も増えたが、当時の建築基準法等は、右のような事態の発生を予想しておらず、市当局は住民と建設業者との間に入って、規制する法律、条例がないところで、その解決に苦慮していた。

しかして、市当局としても、マンションの建設が一部地域での世帯数の急増を招き、しかもその敷地面積が市内桜堤に存する公団住宅に比較すると著しく狭いことから、居住環境が悪化するおそれがあると懸念された。

そこで、被告市は、調布、国立、国分寺、田無等東京三多摩地区の他の五市とも共同して調査研究し、宅地開発指導要綱を作って効果をあげている横浜市などの例を検討したうえ、条例によるよりも、指導要綱による行政指導により十分な効果が期待できるものと考え、昭和四六年九月三〇日、本件指導要綱を制定し、同年一〇月一日施行した。

本件指導要綱は、「武蔵野市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発等を行う事業者に対し、必要な指導を行うことを目的とする」(本件指導要綱1)ものであるが、要綱の骨子は、地上高一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業を実施しようとする者について、テレビ電波障害を排除する設備を設置すること、窓に目隠しを施すこと、工事中の騒音等について付近住民の了解を得ることなどのほか、「建築物の設計にさきだって、日照の影響について、市と協議するとともに付近住民の同意を得なければならない」(同4-1)とする日照被害住民の建設同意、「建設計画が一五戸以上の場合は、事業主は建設計画戸数(一四戸を控除した戸数。以下同じ)一九〇〇戸につき小学校一校、建設計画戸数四二〇〇戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする」(同4-4による3-5の準用)旨の教育施設負担金の寄付を定めたうえ、「この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある」(同5-2)として、指導要綱違反に対し実効性を担保する規定を置いたことである。

なお、日照の影響について同意を要する付近住民は、被告市が本件指導要綱と同時に施行した「宅地開発等に関する指導要綱細則」及び昭和四八年八月一日から施行した「武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱に基づく日照同意に関する運用基準」によれば、原則として、冬至日の午前九時から午後三時までの間日影となる範囲内の住民である。

かくて、本件指導要綱によると、被告市において中高層建築物の建設事業等を実施しようとする者に対しては、まず、同市建設部計画課宅地開発指導係に対して各階平面図、立面図、日影図等を添えて事前協議書を提出した後、同係の指示により建築現場の道路側の見やすい場所へ建築計画の規模、概要を記した表示板を設置し(建築の事前公開)、しかるのちに、事業計画審査願を提出し、武蔵野市宅地開発等審査会(被告市の関連各部の課長等九名によって構成され、建設部長が会長となっている。)において、道路、上下水道等の公共施設との適合性のほかに、日照によって影響を受ける住民の同意の必要性または同意を得べき住民の範囲等について審査を受け、その結果に応じて公共施設との関連においては、各担当課と別途協議を行い(公共施設に関する市との事前協議)、あるいは日照の影響を受ける住民と話し合って同意を得、右担当課との協議等に基づく確約書、日照同意書、NHK電波調査書、教育施設負担金の寄付願などを添付して事業計画承認願を提出し、再び宅地開発等審査会での審査及び市長決済を経て承認書の交付を受けた後、東京都に対して右承認書等を提示して建築確認申請手続をとることが期待されていた。

2 紛争調整委員会の設置

被告市においては、本件指導要綱制定後、マンション建設をめぐる建設業主と付近住民との間の紛争につき、当初は同市建設部計画課の職員がその調整にあたっていたが、次第に紛争が増加し、かつ複雑化したため、第三者的機関の設置が必要であると判断され、被告市は、昭和五〇年八月一日、「武蔵野市宅地開発等紛争調整委員設置要綱」を制定して、紛争処理機関として武蔵野市宅地開発等紛争調整委員会制度(以下「紛争調整委員会」という。)を発足させた。

紛争調整委員会は、弁護士及び学識経験者等から市長が委嘱する五名以内の者で構成され、紛争当事者の双方の合意により紛争の調整の申出があった場合、その他市長が特に必要と認めた場合に市長の依頼に基づき調整活動を行い、当事者等から事情を聴取して関係資料の提出を受けるなどし、当該紛争の調整案を提示して和解を勧告するものであった。

3 原告会社の建設したマンション

原告会社は、本件マンションを建設するまでに、武蔵野市内において四つのマンションを建設した。まず、昭和四八年から昭和四九年にかけて武蔵野市吉祥寺東町に第一ユニアスマンションを建設し、同年から昭和五〇年にかけて同じ吉祥寺東町に第二ユニアスマンションを建設し、続いて原告会社の代表者山田基春と外二名で共同して、昭和五〇年から昭和五一年にかけて吉祥寺南町一丁目三〇番一号に共同ビルを建設し、更に原告会社単独で昭和五一年から昭和五二年にかけて同町二丁目一三番一三号に第三ユニアスマンションを建設し、続いて同町一丁目二六五八番地に本件マンションを建設した。

4 原告会社の指導要綱に対する態度

原告会社代表者山田基春は、本件指導要綱を制定後間もない昭和四六年一〇月ころ武蔵野市の市長である被告後藤に面会を求め、指導要綱による行政指導が法律による行政の原則に違反していることを主張したが、その後も、殊に指導要綱のなかの実効性を担保する措置の存在を難詰し、前項のマンション建設に際しては、本件指導要綱に基づく審査願を提出して市当局と協議し住民の同意を得る努力はしたものの、結果として市長の承認を得ないで東京都の建築主事に対し建築確認の申請をしてその確認を受け、建物の建設工事に着手した。

前項のマンション建設については、そのいずれにおいても原告会社と付近の住民との間で主として日照をめぐる紛争が発生した。

5 本件マンション建設地域と共同ビルをめぐる紛争

本件マンションの建設地である武蔵野市吉祥寺南町一丁目二六五八番地は、吉祥寺駅から東南へ約四〇〇メートルに位置し、その北側一部は近隣商業地域(建ぺい率八〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)に、南側一部は第一種住居専用地域(建ぺい率四〇ないし五〇パーセント、容積率八〇ないし一〇〇パーセント)に指定されていた。ここは、原告会社が昭和四七年、一〇階建の仮称山田ビルの建設を計画し、地域住民の反対を受けて、一度は計画を断念した場所でもあった。

本件マンションに近接して、共同ビル、第三ユニアスマンションが所在し、東南東から西北西に伸びる都道四一三号線(通称水道道路)を挾んで北側に第三ユニアスマンション、南側には東寄りに共同ビル、約四メートルの道路を隔てて西側に本件マンションがそれぞれ位置している。右三つの建物の位置が右のようなものであるため、その日影は複合する状態となっている。

従来付近には三階建以上の中高層建物が数棟散見されたほかは、殆どが二階建の住宅もしくは店舗兼住宅の低層建物であった。

共同ビル建設の際に原告会社と付近住民との間で日照等をめぐって生じた紛争は、被告市当局の勧告に従って双方から紛争調整委員会に紛争調整の申立がなされ、昭和五一年一月二四日、建物の北側の一部を削ること並びに原告会社が付近住民に解決金四五〇万円を支払うことの調整案を双方が受け入れ、被告市も本件指導要綱に基づく承認をなしたことによって解決した。

6 本件マンション建設をめぐる紛争

(1)  本件マンションの概要等

原告会社は、共同ビルの紛争調整委員に対しては、更地であった本件マンション建設地については建物建設の予定はなく、土地も売却予定である旨語っていたにもかかわらず、昭和五一年二月ころ、本件マンションの建設計画を発表し、本件指導要綱に基づき、同年三月五日、敷地面積六六七・四七平方メートル、建築面積三三四・〇一平方メートル、八階建、三〇戸(容積率二九九・九二パーセント、建ぺい率五〇・〇四パーセント)として従来の山田ビルの計画を全面的に修正した事業計画変更審査願を武蔵野市長(被告後藤)に提出し、被告市の関係部門と協議した結果、教育施設負担金が三一三万五〇〇〇円であり、日照に影響を与えるところから同意を得なければならない住民の範囲が九名であることを知らされた。同意を得る住民のなかには共同ビル、及び第三ユニアスマンションの建設をめぐる紛争の当事者となったものもいて、本件マンションの建設に対する反発は強かった。

(2)  第三ユニアスマンションをめぐる紛争

原告会社は、本件マンションの建設をめぐって住民との間で紛争が継続していた昭和五一年五月ころ、武蔵野市吉祥寺南町二丁目一三番一三号の土地に三階建マンション「第三ユニアス」の建設計画を発表した。第三ユニアスは水道道路から計算すると、地上の高さが一〇メートル未満のため、本件指導要綱の対象外の建物であったが、同所一帯の地盤は南面する水道道路より低く、原告会社が第三ユニアスのために敷地を盛土したので、建物の北側の住民にとっては一〇メートルを超える建物と同様の日照被害を受けることから、右住民らは被告市当局に対し、本件指導要綱の適用を求めたが受け入れられなかった。そこで、同年六月二八日、第三ユニアスの建設に反対する付近住民ら九名は、原告会社を相手方として、三階の北側部分の建設の禁止、目隠し等を求める建築禁止等の仮処分の申請を東京地方裁判所八王子支部に対し行い、同年一一月二四日、申請どおり認容する旨の決定を得たが、原告会社は、裁判の結果には従う旨語っていたにもかかわらず、仮処分異議の申立をなし、更に、昭和五二年一一月一八日、右決定を認可する旨の判決が下されると、これについて控訴し、しかも、裁判所に建築禁止を命ぜられた部分についてはこれを削って建物を完成させ、事実上仮処分命令には服していながら、後記認定のとおり、その削った未建築の部分を第三者に売却したから自分は当事者ではない旨主張したり、その部分に物置を建てるなどの行動に出たため、住民らの態度を更に硬化させた。

(3)  住民との交渉と建築確認の申請

原告会社は、昭和五一年七月二六日から同年九月八日までの間、本件マンションに関して住民に対する説明会を前後五回開催し、その席で反対住民と話し合いを重ね、住民から要望のあった、プライバシー侵害、電波障害、風害についての対策については了解したが、日照被害を少なくするための設計変更につき、右の第五回の説明会において、最も北側部分を七階建から三階建に下げる旨の案を提示し、その変更案に対しての住民側の回答を待たずに、同月一一日、所管の東京都多摩東部建築指導事務所に建築確認申請をなした。住民は原告会社の建築確認の申請を知って反発し、被告市に強力な行政指導を行うよう要望したので、被告市も、東京都の知事、都市計画課長、多摩東部建築指導事務所長宛に「お願い」と題する文書をもって建築確認の際には本件指導要綱に基づく被告市の行政指導を尊重し、これに即した指導を行うよう要請した。

その後も、原告会社は、同年一〇月三〇日までの間に、付近住民との話し合いの機会を二回程もったが、同意を得なければならない住民九名の内二、三名の者についてはついに同意を得るには至らず、同年一一月五日、被告市に対し、日照同意書のみならず、予ねてから批判的であった教育施設負担金寄付願をも添付せずに事業計画承諾願を提出したところ、宅地開発等審査会は、同日、本件指導要綱に定められた条件を充たしていないとして承認を留保した。しかし、原告会社は、同年一一月九日ころ、被告後藤に対し、「被告市の企画課長から教育施設負担金に関して熱心な説明を受け、充分に検討を重ねたが、やはり負担金は遠慮させていただく」旨を通知するとともに、前記多摩東部建築事務所の指導を受けて、昭和五一年一月一五日の新たに日影基準を盛り込んだ建築基準法の改正(昭和五二年一一月一日施行で本件には適用されない)による日影規制を考慮し、北側二列目の八階建を七階に設計変更した後、同年一二月二八日、右事務所から本件マンションの建築確認を受けた。

これに対し、住民側は、右建築基準法の改正により敷地が用途別に区分された二つの地域に跨がる場合には敷地の過半数の部分がある土地の容積率に従うとするいわゆる過半適用がなくなれば、本件マンションの敷地面積の過半数が容積率三〇〇パーセントの近隣商業地域であるため、残りの敷地の半分近くが容積率の小さい第一種住居専用地域に存するにもかかわらず、ほぼ三〇〇パーセントの容積率で設計されている本件マンションの大きさは三分の二位の容積の建物になるとして、新法に則った計画変更を要求していたから、この要求を無視して原告会社が右の建築確認を得たことは、前項の異議判決について控訴の申立をしたこととともに、原告会社に対する反発を一層強めることになった。

(4)  第一回給水契約申込及び建設の開始

原告会社は、昭和五二年一月一四日、訴外竹田工業株式会社と本件マンションの建設工事請負契約を締結し、同月三一日、被告市の指定水道工事業者である訴外有限会社福原工業所を代理人として、被告市に給水契約の申込を試み、被告花倉に対し、新設水道工事申込書を提出したところ、日照同意書及び教育施設負担金についての寄付願が未提出であることを理由として、給水契約申込を受理しないで、本件指導要綱の遵守と住民との円満な話し合いを指導するようにとの被告後藤の指示を受けていた被告花倉から右申込書の受領を拒絶されたが、同年二月ころ、本件マンション建築現場において水止用H鋼杭打工事を開始し、これに対し住民が実力をもって工事を阻止する行動に出たため警官が出動する騒ぎになった。その後、原告会社は、被告市宛に、同月二四日、「速やかに水道その他諸手続の受理をするようお願いする」との書面を提出し、あるいは同年三月七日ころには、原告会社や訴外竹田工業の従業員らを通じて上下水道使用の申込をしたが、その都度被告花倉から本件要綱が守られるまでは受付ができない旨断られ、工事用水の供給も受けられなかった。

原告会社は、反対住民のとりまとめをしていた本件マンションの建設により最も日影被害を被る住民とは金銭補償の方向で交渉を進める(右住民に対しては同年四月一日までに解決金八〇万円を支払って同意を得た)一方では、同年三月九日ころ、本件指導要綱に基づく住民との話し合いを打ち切る旨被告市の建設部計画課長に通告し、更に同月一二日ころ、被告後藤に対し、「住民との紛争解決に努力はするが、話し合いには限界があるので、最終的には司法機関の判断を仰ぐつもりである。寄付の要請には応じられない」旨の書面を送付した。

これに対して被告後藤は、同月二三日、原告会社に対し、「本件指導要綱を守るようお願いする。これを遵守しないときは上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある」旨の回答書を送付するとともに、同日、被告市の建設部長訴外松原清一が原告会社代表者と面談し、重ねて指導要綱の遵守、付近住民との円満な紛争解決を説得した。

原告会社は、右訴外松原と下請業者の話から、教育施設負担金を納めさえすれば、被告市が上下水道の申込を受理するのではないかと考え、同月二四日、被告市に対し住居戸数二三戸分一一四万円の教育施設負担金の寄付願を提出し、同月末ころから、訴外竹田工業に隣の共同ビルから水道ホースを引かせ、工事を再開する準備をさせた。

本件マンションの建設反対付近住民のうち原告会社と個別に交渉をしていた者を除いた他の住民は、同月二八日、原告会社が話し合いを進めようとしないことから本件マンション及び第三ユニアスをめぐる紛争につき紛争調整委員会に調整の申立をなした。そこで被告市においても、前記松原建設部長が同月三〇日原告会社代表者と面談して、紛争調整委員制度の場で紛争を解決するため、原告会社も調整を申し立て当事者となることを要請したが、原告会社代表者は、同委員会の調整の仕方が企業者に対して不公正であるなどと述べ、調整の当事者となることを拒絶し、更に同年四月一日、被告市に対し、本件マンションの建設に着工する旨通告した。そのため、被告後藤は、同月二日、本件マンションを巡る紛争について職権により紛争調整委員会による調整に付し、同月六日に第一回紛争調整委員会を開催することにしてその旨原告会社に連絡した。

原告会社は、同月四日、本件マンションの建設工事に着手しようとし、この日は付近の住民による座り込み、ピケなどの抗議運動を受けて、着工を延期したが、翌五日から工事を開始した。

(5)  本件マンション建設開始後の状況

紛争調整委員会は、昭和五二年四月六日から同月一六日までの間、前後六回開催され、原告会社代表者からも参考人として事情を聴取したうえ、同月一六日、「原告会社が第三ユニアス事件の仮処分決定に従い、前記異議申立を取り下げ、住民らは、本件マンションの建設に同意する」旨の調整案(以下「本件調整案」という。)を原告会社と反対住民の双方に提示した。

住民側は、反対住民の中には本件マンションの建設を認めると、共同ビル、第三ユニアスマンションによる複合日影に加え、冬至の際のわずかに残された日照がほぼ完全に奪われることになる者もいたから同意し難いところではあったが、原告会社の控訴によって長期化の装いをみせていた第三ユニアスマンションに関する紛争も一挙に解決できるものであれば、右の調整案に同意をするのも止むを得ないものと考えたので、回答期限と定められた同月二〇日までに調整案に応じる旨回答したが、原告会社は、調整を申し立てた当事者ではないことを理由に、調整案についての諾否を回答しないで、同月一九日ころ、紛争調整委員の一人に対し、「本件マンションに関係のない第三ユニアス事件の処理を要求され、裁判を受ける権利を妨害されるのは理解できない」との書面を送付し、これに対して右紛争調整委員から「本件マンションと第三ユニアスの紛争をともに円満に解決することが望ましいと考えて本件調整案を提示した」旨の回答を受けると、同月二六日、再び同じ紛争調整委員に対し、「単に紛争解決が望ましいというだけでなく、もう少し論理的な説明をお願いする。むしろ貴委員から市長に対して原告会社に給水することが望ましいと進言してほしい」旨の書面を送付し、あるいは、被告市に対し、本件調整案に応じなかった場合の措置について回答を求めるなどして、間接的に調整案を受け入れる意思のないことを表示する一方では、住民の同意を得るための他の方法をとろうとしないまま、工事を続けていった。この間、被告市は、原告会社に対し、本件指導要綱を遵守することが給水の前提である旨を内容証明郵便で明らかにし、指導要綱の遵守を強く求めた。

原告会社は、こうした被告市側の対応から、本件調整案を受諾するか住民の同意がなければ寄付だけでは被告市の承認が得られないことが明らかとなったとして、同年六月二八日、書面により教育施設負担金の寄付願を取り下げ、更に同年八月、第三ユニアスに設置した目隠しを取り外し、前記仮処分の決定による建築禁止を命ぜられた三階にプレハブの物置を設置し、また同年九月一〇日、前記松原建設部長に対して「仮処分決定により建築禁止を命ぜられた部分の権利を訴外潮田幸三に売却した」旨通知して(後に、第三ユニアス事件の仮処分異議控訴審判決において仮装売買であるから無効と認定された。)、第三ユニアスマンションの紛争当事者ではなくなったと主張して、同月二〇日、被告後藤宛書面で、水道、下水、電気引込に必要な諸手続の受理を同月末までに行うよう求めた。

そして、同年一一月一六日ころにも、原告会社は、前記福原工業所を代理人として、新設水道工事申込書を提出しようとしたが、これを受けた被告花倉は、被告後藤の指示に基づき、未だ本件調整案への回答がなく、本件指導要綱も遵守されていない以上受理できないとして、右申込書を持ち帰らせた。

なお、原告会社は、本件マンションの入居希望者に対する売却を同年二月ころから開始しており、最終的には本件マンションを購入した二四名(世帯)のうち、第二回給水契約申込までに一八名、その後第三回給水契約申込までに三名、更にその後第四給水契約申込までに一名との間で本件マンションについての売買契約を締結した。

(6)  第二回給水契約申込及び第一回公共下水道使用届出

本件マンションがおよそ八割方完成した同年一一月一八日、原告会社は、被告後藤宛に「本件マンションがあと半月程で完成し、入居が始まるので、本日上下水道使用に関する申込書を別便書留にて郵送した。上下水道の使用ができないと生活できず、原告会社と入居者との間で、解約、補償問題、資金回収遅延等が発生するので、早急に手続を進行させるようお願いする」旨の内容証明郵便を送付し、同時に、別便で新設水道工事申込書、排水設備新設計画届出書を郵送し、これらは、同月一九日、被告市に到達した。

被告市は、被告後藤を中心として協議した結果、本件指導要綱を守ろうとしない原告会社に対し例外を認めて本件指導要綱が骨抜きになることを危惧し、かつ本件指導要綱に従った業者が不利になるのは公平の見地から妥当でないと考え、同月二二日、「本件指導要綱が遵守されていないので、申込書、届出書は遺憾ながら受理することができない」旨内容証明郵便にて回答するとともに、別便で右申込書、届出書を返送した。

その後、原告会社は、被告後藤に対し、同月二四日ころ、「誰の同意をとればよいのか指導を願う」旨の書面を送付し、また同年一二月一五日ころ、排水設備計画届出書を送付し、更に同月二二日ころ、「入居を目前に控えている。どうしても教育施設負担金の寄付をしなければ上下水道を使わせないというのであれば、寄付をする考えがある」などと通知したが、これに対して被告後藤は、同月二七日ころ、原告会社に右排水設備新設計画届出書を返送するとともに、「住民の日照同意書の提出及び教育施設負担金の納入を行うよう願う」旨の書面を送付した。

本件マンションは、遅くとも同年一二月末ころまでに上下水道の点を除いて竣工した。

(7)  第三回給水契約申込及び第二回公共下水道使用届出

原告会社代表者の山田基春は、本件マンションの購入者らが自ら申込をするのであれば、被告市においても応ずるのではないかと考え、昭和五三年一月一一日、岡田一夫ほか二一名の名義で訴外竹田工業の従業員訴外重田幹夫らを介して、被告市に対して新設水道工事申込書及び排水設備新設計画届出書を提出した。しかし、被告後藤は、給水契約申込等の名義が変わっても他の事情は何ら従前と異ならないのであるから、購入者にも右の事情を了解してもらうしかないと判断し、その旨被告花倉に指示していたので、これを受けて被告花倉は、「市長命令であるので受け付けられない」と述べて、右申込書等を受理しなかった。

その後、右山田は、購入者の入居日が切迫したため、マンション購入者右岡田ら三名の同意を得て、その者らの名で、同月一三日ころ、被告後藤に対して「マンションに入居しても、水が使えないようでは生活できない。直ちに水を使わせてほしい。」旨の内容証明郵便を送付した。被告後藤は、同月三一日に至って、右三名に対して、「本件指導要綱に定められた付近住民の日照同意、教育施設負担金の納付がないので給水を留保するのが妥当と判断している」旨書面で回答した。

(8)  第四回給水契約申込及び第三回公共下水道使用届出

更に、原告会社は、右岡田ら二二名の名義で、同年一月二三日、再度右重田幹雄らを介して、被告市に対して新設水道工事申込書を提出したが、これを受けた被告市の水道部長訴外中村大蔵は、「市長命令によって受け付けられない」などと述べて右申込書等を受け付けなかった。

被告市が、結果として、本件マンションに対する上下水道の供給を拒んでいたことにより、購入者の本件マンションへの入居は昭和五二年一二月から翌五三年一月の予定が大幅に遅れ、同年二月一六日から開始され、同年六月までの間に二〇数世帯約六〇名が順次入居した。

原告会社は、入居者のための応急措置として、上水道については隣接の共同ビルの水道蛇口からホースで水を引き、本件マンションの地下受水槽に溜めこれを屋上の高架水槽に入れて各戸に給水する方法を、下水については同年一月敷地内に下水処理槽を設置してバキュームカーによる汲み取りと、隣地の下水升に接続して公共下水道に流す方法とを併用した。しかし、この応急措置も、被告市に遠慮して汲み取り業者が次第に来なくなり、下水が道路に溢れ出てしまいその処理に困った原告会社は、同年二月二〇日、同月二三日の二回にわたり、前記重田、福原工業所らに依頼して被告市に対し下水道使用の申込をしたが、「排水設備新設計画届出書」に上水道のメーター番号が記入されていないとの理由で受け付けられなかった。

原告会社は、東京都の指導を受けて、本件マンションの仮使用の申請(建築基準法七条の二)をなし、これに対し都は、職員が現場に臨んで調査したところ、本件マンションは公共下水道に排水する部分(この部分の工事は被告市の指定業者が行う。)を除き既に完成し、購入者の一部が入居し生活を始めていることから、同年三月三日、仮使用を承認した。しかし、被告市がこれまでの態度を変更しなかったので、同日、原告会社は、被告後藤及び同花倉らを水道法違反、職権濫用罪等の嫌疑で東京地方検察庁八王子支部に対し告訴した。

同年七月一四日、都が建築基準法の改正により新設された同法五六条の二の規定に基づき、「東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例」(いわゆる日影条例)を制定したのに伴い、被告市は同年一〇月一二日本件要綱を改正して、住民の同意条項及び教育施設負担金の寄付の各条項を削除すると同時に、原告会社の給水契約申込、公共下水道使用届出を受理したので、これによって本件マンションの居住者が上下水道を使用することができるようになった。

二  争点

(一)  被告後藤及び同花倉の個人責任について

1 原告会社の主張

第一回ないし第四回給水契約申込に対する被告市の拒否行為は、いずれも被告後藤及び同花倉の共謀により行われたものである(ただし共謀の内容について原告会社は何ら主張しない)。また第一回ないし第三回公共下水道使用届出に対する被告市の拒否行為は、被告後藤の意思に基づきなされたものである。

国家賠償法により国、公共団体が他人に対して賠償責任を負う場合に公務員個人は責任を負わないものであるとしても、本件で問題となる上下水道利用関係は、対等な私的契約関係であり、「公権力の行使」にあたらないうえに、とりわけ被告後藤は水道法違反の罪が確定しており、その行為は犯罪行為であって、いかなる意味においても公務員の行為とはいえないのであり、被告後藤と共謀して水道法違反の罪を犯した被告花倉も同様に考えるべきであるから、被告後藤及び同花倉が民法七〇九条等による責任う負うのは当然である。

2 被告後藤及び同花倉の主張

被告後藤及び同花倉に対する本件請求は、本件指導要綱に基づく行政指導として給水契約申込及び公共下水道使用を拒否したことが不法行為に該当するというものであるが、右不法行為の存否は暫くおくとして、上下水道利用関係ないし行政指導は純然たる私経済行為ではなく、国家賠償法上の「公権力の行使」にあたり、また、公権力の行使にあたる国、公共団体の公務員がその職務を行うについて、故意または過失によって他人に損害を与えた場合には、国、公共団体がその賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は責任を負わないものと解すべきである。被告後藤及び同花倉が被告市の公務員であることについては争いがなく、原告の主張によっても、被告後藤及び同花倉の右行政指導がそれらの職務を行うについてなされたものであることは明らかであるから、結局のところ、被告後藤及び同花倉に対する請求は理由がないというべきである。

また、被告花倉は、被告市における給水契約申込の窓口として原告会社から申込を受ける都度、被告後藤に指示を仰ぎ、その重大かつ明白な瑕疵のない職務命令に基づいて給水留保措置をなしたに過ぎず、本件に関しては独立して行政を行う地位にはなかったのであるから、同被告に対する請求はその意味でも失当である。

(二)  給水契約申込の受理の事実上の拒絶について

1 原告会社の主張

原告会社は、被告市に対し、昭和五一年五月二一日ころ以降、再三にわたって書面または口頭で本件指導要綱に定められている教育施設負担金寄付の必要性、本件指導要綱を守らなかった場合の措置等の説明を求め、同年一〇月二三日ころ、被告後藤から、本件指導要綱を遵守しない場合には上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがあるとの不明確な回答を受けるにとどまっていたが、同年一一月九日ころ、寄付はできない旨を通知し、第一回給水契約申込をなすに至った。また、原告会社は、被告市に対し、昭和五二年三月一二日ころ、日照阻害等をめぐる住民との紛争解決に努力はするが、話し合いには限界があるので、最終的には司法機関の判断を仰ぐつもりである、寄付の要請には応じられない、上下水道を使わせるのか否か明白な回答を求めるとの書面を送付したが、被告後藤からは右と同様の不明確な回答しか得られなかったため、同月二四日ころ、止むを得ず寄付願を提出し、その後、本件マンションの完成が間近に迫った同年一一月一八日ころ、更には本件マンションが完成してその購入者が入居する段階に至った昭和五三年一月一一日及び同月二三日、第二回ないし第四回給水契約申込をなしたのである。

被告らは、本訴訟において「留保」という表現を初めて使用しているが、各給水契約申込の際に「留保する」との返答や説明はなかったのであり、右のような経緯に鑑みれば、被告後藤及び同花倉が原告会社の第一回ないし第四回給水申込を受け付けず、各新設水道工事申込書を返戻した行為は、水道法一五条一項にいう給水契約申込の拒否に該当する。

2 被告らの主張

被告市(同後藤)において新設水道工事申込書を事実上受け付けなかった措置が水道法一五条一項にいう給水契約申込の拒否に該当するか、それとも申込の受理ないし承諾の意思表示を留保したに止まるものであったかは、水道事業者側の意思、申込者の態度、申込者側の利害状況等の諸事情を総合考慮し、水道事業者が最終的に給水を拒否する意思を有していたか否かによって判断されるべきである。すなわち、一旦申込書を返戻しても、一定の条件のもとに再度申込をなせば給水を実施する意思が存在する場合には、原則として給水契約申込の拒否とはいえず、未だ留保の措置に止まるのである。

地方公共団体は、地方自治法に規定される数多くの責務を負担するほか、続々と生起する予期できない行政需要に対処し、これを適切に処理解決しなければならないところ、とりわけ環境保全、公害、薬害、災害防止など住民の生活環境に直接影響が生ずる分野においては立法の不備が目立ち、これを補うため種々の行政指導が行われているのが実情であり、マンション等の建設に伴って起きた紛争についても、住民からは地方自治体として有する許認可権限その他の行政権限を最大限に利用してこれを解決することを期待されている。しかして、このような場合の行政指導の内容はもともとマンション業者の意に反するものであって、むしろ業者の拒絶や反発にもかかわらず敢えて行うのが行政指導の本質なのであり、そこに許認可事務の留保の意義が存するのであるから、業者が行政指導を拒否する態度を明らかにした以上は行政指導が許されないとするならば、行政指導の存在が殆ど空洞化され、粘り強く説得、勧告を続けて業者の翻意を促す行政指導そのものを否定することにもなる。したがって、説得や勧告による行政指導がなされている場合には、給水契約申込が事実上拒絶されていることが適法か否かの判断は、単に業者の意図に反した行政指導が行われたか否かをもってなすべきではなく、行政指導を行う地方自治体の意思や認識、行政指導に応じない事業者の意思表示の動機、態様を総合考慮のうえ行うべきである。

以上の観点から本件をみるに、まず第一回給水契約申込に対し、被告市は、本件マンション着工前であることや、住民との間に紛争が生じていたことをふまえ、原告会社に本件指導要綱の履践を促し、住民との紛争を調整するため、合理的な裁量行為として、申込書を受け付けなかったのであって、行政指導として適法であり、給水契約申込の拒否にあたらない。

次に、第二回ないし第四回給水契約申込について、被告市は、原告会社が本件マンション建設にあたって隣の共同ビルから工事用水を引き、実質的には十分な量の給水を受けていたので、申込は形式的なものと理解してこれに対応したに過ぎず、また、原告会社が昭和五二年一一月二四日に被告市に対して本件指導要綱に基づく日照同意対象者の氏名を尋ね、同年一二月には教育施設負担金の寄付願を再度提出する態度を示したこと、被告市の紛争調整委員会が示した調整案の内容が原告会社にとって受け入れやすいものであったこと、本件マンション以外のマンション建設にあたって原告会社が結局は行政指導に従っていたことなどから、それまで続けていた行政指導の結果、原告会社と住民との紛争が解決目前となっており、暫くは給水留保措置を継続して指導を続けるのが適当であると判断し、原告会社に対しても本件指導要綱に従った手続をとったうえ申し込めば、これを受理承認すると言明していたのであり、したがって、被告市には給水を最終的に拒否するとの意思がなかったのであるから、被告市の措置は水道法でいう給水契約申込の拒否にあたらないのである。

仮に相手方の意図に反する行政指導は違法となるものとしても、右のとおり、原告会社は行政指導に従わないとの意思を明確に表明していなかったのであり、更には、本件行政指導の眼目は、原告会社と反対住民との間の他のマンション(第三ユニアス)をめぐる仮処分申請と異議申立事件を同時に解決し、かつ本件マンション紛争を終了させるというものであったから、本件マンション購入者の入居が遅れたからといって、本件行政指導の実効性が失われるものではないことなどを併せ考えれば、被告市の原告会社に対する行政指導は適法なものであり、適法な行政指導がなされている間の給水契約申込の事実上の拒絶も許されると考えるべきである。

(三)  水道法一五条一項の給水契約申込を拒否する正当の理由について

1 原告会社の主張

水道法等特定の行政法規は、行政全体の中のある領域または分野の利益を達成するために制定されているのであり、それぞれの固有の目的以外の行政目的を達成するために解釈運用することは許されず、仮に他の行政上の要請を優先達成する必要があるというのであれば、右要請を達成するために制定された既存の行政法規を適用し、適用すべき既存の法規がなければ新たにこれを制定すべきであり、ましてや自治行政全体の利益の観点から特定の行政法規を運用することは、法律による行政を踏みにじるものであるというべきである。

したがって、水道法一五条一項に規定される給水契約申込拒否の正当の理由とは、水道事業者に給水義務を課することが水道事業の固有の目的にそぐわない結果をもたらすような特段の事情の存する場合をいうものと解されるところ、本件においては、右のような特段の事情は存しない。

加えて、原告会社は、本件指導要綱を無視することはできなかったので住民の日照同意を得るべく、昭和五一年七月二六日から同年九月八日までの間、前後五回にわたって住民説明会を開いて住民の要望を聞き、日照阻害の著しい一部住民とは金銭解決をなし、また本件マンションの最北側部分を七階建から三階建に設計変更するなどして住民の要望に沿うよう努力したのであり、更には教育施設負担金についても昭和五二年三月二四日に寄付願を提出するなどできる限りのことをなしたのであって、本件マンションが建築基準法等に何ら違反しないことを併せ考えれば、原告会社に非難されるべき点はとりたててないのであるから、被告後藤及び同花倉による給水契約申込の拒否には正当な理由があるとはいえない。

被告らは、原告会社が被告市の紛争調整委員会が示した調整案を応諾しなかったことを非難するが、同案は、司法の判断すなわち裁判を受けようとの原告会社の最終的な決意に反するもので、到底受け入れられるものではなかったのであり、原告会社がこれに従わなかったからといって給水契約申込の拒否が正当化されることはない。

2 被告らの主張

水道法一五条一項の規定する給水契約申込を拒否する正当の理由については、水質汚濁、渇水、高額な工事出費等による水道事業運営上の制約がある場合に限らず、使用可能な水道用水を供給し得るにもかかわらず、総合自治行政上の見地から、ある行政目的を効果的に達成するため給水契約締結を拒否しなければならない特段の事情が存する場合、あるいは給水契約申込者に公序良俗違反、権利濫用等があるため給水を行うことが公益に反し、不合理と認められる特段の事情が存する場合にも、右正当の理由があると解すべきである。

ところで、右正当の理由が存するや否やの判断は、講学上の自由裁量ではないものの、水道法の規定の形式上も、また法の目的の合理的解釈からも、すべての点で一義的に覇束されたものでないことは明らかであるから、いわゆる覇束裁量として、法の性質上予定される一定の法則にかなった合理的な範囲内のものであり、また権限の踰越、濫用がない限り、適法とされるのである。

かような観点から本件を検討するに、原告会社が連続して近接地に建設した共同ビル、第三ユニアス、本件マンションは付近住民に重大な日照阻害をもたらし、例えば訴外浅倉晴雄は、従前ほぼ一〇〇パーセントの日照を享受していたのに、共同ビル、第三ユニアスによって大部分の日照が侵害され、冬至日において僅かに残された約四〇分の日照すら本件マンションによりすべて奪われたのであり、したがって、原告会社は、紛争を惹起した原因者として、住民の同意を得るか、第三ユニアスの訴訟を速やかに解決すべきであったところ、紛争調整委員会の示した調整案は極めて公平にして常識的な解決案であり、むしろ住民側に相当の譲歩を求める内容で、原告会社に格別の不利益を蒙らせるものではなかったにもかかわらず、これの諾否を回答せず、被告市に対して、本件調整案は第三ユニアスの訴訟に不当に干渉するものであるとか、仮処分命令によってカットを命ぜられた部分は第三者に売却したから調整案を受諾する立場にないなどと述べ、かえって紛争の解決を一層困難なものにしたこと、また原告会社は、第一ユニアス、第二ユニアス、共同ビル、第三ユニアス、そして本件マンションと、建設の都度住民との紛争を惹起し、そのうち四件は訴訟となり、二件は紛争調整委員会の調整に付され、第二ユニアスの建設については、住民と基本的な事項を合意しながら、その後これを放置して細目を煮詰めようとせず、共同ビルの紛争調整案については、隣地に本件マンションの建設計画があるにもかかわらず故意にこれを秘匿して住民に合意させたものであって、もともと原告会社に地域共同社会における円満な協調心が欠けていることなどに鑑みれば、原告会社の態度は極めて不誠実なもので、信義則、公序良俗に反し、本件行政指導に対する非協力的な態度は社会通念上の正義の観念に反するものであるというべきであるから、かかる者に対して給水契約申込を拒否することには正当な理由が存するのであり、少なくとも正当な理由が存するとの被告市の判断は合理的な裁量の範囲内であって違法性を阻却する。

更に、被告市は、水道給付行政上の裁量として、具体的事情を比較衡量し、給水を行うことが水道事業の行政目的に沿うか否かを総合自治行政上の見地から合理的に決定しなければならないところ、本件マンションに対して住民の同意のないまま給水を行えば、原告会社が住民との話し合いを無用としてこれを行わず、日照阻害及び住民との紛争を解決しないまま放置することが明らかで、かくては日照阻害によって生ずる被害の防止、救済はなされず、公共の秩序は回復されないままとなるうえ、以後本件指導要綱に基づいて行政指導を行うことが困難となり、せっかく本件指導要綱により宅地開発やマンション建設について秩序ある慣行が確立されつつあったのに、再び紛争が頻発する危険が生じるのであり、未だ本件マンションの購入者が入居していない段階であったこと、隣地の共同ビルから引水することにより事実上本件マンションが水道用水に困ることはなかったこと、本件調整案の受諾等により紛争解決は容易であったことなどの諸事情を考慮すれば、現実に生起した環境侵害、紛争を解決し、公共の秩序を回復するとともに住民の安全福祉を保持するためには、被告市が給水契約申込を拒否し、紛争解決後あらためて給水を行うこととしたことに正当な理由があるというべきである。

(四)  公共下水道使用拒否の有無について

1 原告会社の主張

原告会社の第一回ないし第三回公共下水道使用届出に対して被告後藤が各排水設備新設計画届出書を受け付けず原告会社に返戻した行為は、給水契約申込の拒否について述べたところ(前記(二)の1)と同様の理由により、公共下水道使用の拒否にあたる。

2 被告市及び同後藤の主張

被告後藤による各排水設備新設計画届出書の返戻行為は、給水契約申込の拒否について述べたところ(前記(二)の2)と同様の理由により、公共下水道使用の拒否にあたらない。

(五)  公共下水道使用を拒否する正当の理由の存否について

1 原告会社の主張

給水契約申込の拒否の正当の理由について述べたところ(前記(三)の1)と同様の理由により、被告後藤の公共下水道使用拒否には正当の理由がない。

2 被告市及び同後藤の主張

下水道法には水道法一五条一項に相当する規定はないが、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないのであり(地方自治法二四四条二項)、かつ公共下水道が右にいう公の施設であることは明らかであるから、公共下水道についても、正当の理由のない限り利用を拒んではならないが、逆に正当な理由があればこれを拒むことができるものと解される。

ところで、上水道事業も下水道事業もともに地方公共団体が住民に対して財貨またはサービスを提供するいわゆる給付行政に属しており、水道法も下水道法も、表現に若干の違いはあるが、環境の保全、公衆衛生の向上を目的とするものであること(水道法一条、下水道法一条)において共通すること、上水道も下水道も無断では使用できず、逆に一定の手続をとれば使用でき、ともに利用者から使用料を徴収していること、法律上、下水道は排水区域内ではその使用を強制され、上水道は使用を強制されていないのであるが、被告市においては、都市化の進行とともに井戸の使用が減少したことから、水を使用するには上水道のみを利用せざるを得ない状況になっており、使用拒否による影響は両者とも同じ程度のものであること、したがってまた、都市においては、上水道を利用し水を利用し得て始めて下水道使用の必要が出て来るのであって、下水道の利用は上水道の利用を前提とするものであるから、上水道を利用し得ない者は、その効果として下水道を利用する必要が存しないことなどに鑑みれば、上水道利用拒否につき正当な理由があるとき、下水道利用拒否についても正当な理由が存することになる。

よって、給水契約申込の拒否の正当の理由について述べたところ(前記(三)の2)と同様の理由により、被告後藤の公共下水道利用拒否には正当の理由があり、違法性が阻却される。

(六)  損害について

1 引水設備の設置 金一八三万円

原告会社は、本件マンションに対する給水を受けられなかったので、建設工事の用水を確保するため、昭和五二年三月末ころ、別紙給排水設備及び維持費用明細の番号1、2のとおり、前記竹田工業外一名に仮設給水設備の設置、隣の共同ビルからの水道ホースの連結を行わせ、代金合計一八三万円を支払った。

2 汲取槽の設置、維持 金三六三万五〇〇〇円

原告会社は、公共下水道を使用することができなかったので、本件マンションからの排水を処理するため、昭和五三年三月ころ、別紙給排水設備及び維持費用明細の番号3ないし8のとおり、訴外有限会社村山組外四名に汲取槽の設置、下水管の中にあった生コンクリートの清掃、緊急排水補助ポンプの設置、汲取槽の維持、汲取槽の詰まりの除去を行わせ、代金合計三六三万五〇〇〇円を支払った。

3 マンション購入者に対する補償 金一六三万一〇〇〇円

原告会社は、上下水道が使用できず、本件マンションを各購入者に引き渡すことができなかったので、やむを得ず、別紙入居者補償一覧表のとおり、訴外鈴木綾子外一四名に対して、それぞれの入居遅延によって負担したアパート代、ホテル代等の補償として、合計一六三万一〇〇〇円を支払った。

4 告訴費用 金七〇〇万円

原告会社は、民事的な手段では到底早期の上下水道使用は不可能であると考え、被告後藤及び同花倉らを水道法違反、職権濫用罪で告訴することにし、これを弁護士である訴外河井信太郎(告訴手数料二〇〇万円、起訴のとき、または上下水道使用実現のときの報酬三〇〇万円、日当一日一〇万円)及び同藤井博盛(告訴手数料七〇万円、起訴のとき、または上下水道使用実現のときの報酬一三〇万円)に依頼し、右のとおり報酬等を各約したところ、被告後藤が水道法違反の罪により起訴され、また右河井がこれに三日を費やしたので、河井に対しては告訴手数料、報酬、日当合計五三〇万円を支払い、藤井に対しては告訴手数料七〇万円を支払ったが、更に藤井に対する報酬一〇〇万円を支払わなければならない(藤井に支払うべき報酬のうち三〇万円については本訴において請求しない)。

5 名誉、信用毀損等 金一〇〇〇万円及び謝罪広告相当

原告会社は、被告らの上下水道使用拒否により測り知れない精神的苦痛を受け、更に原告会社の態度を非難する新聞報道によって名誉、信用などの社会的評価を侵害されたので、これを回復するには原告会社に対する一〇〇〇万円の支払い及び別紙謝罪広告文案のとおりの謝罪広告の新聞掲載をもってなすのが相当である。

6 弁護士費用 金一〇〇万円

原告会社は、原告会社訴訟代理人及び訴え提起後辞任した前訴訟代理人田中憲彦弁護士に本訴訟の提起及び遂行を委任し、手数料合計一〇〇万円、報酬約一割を支払うことを約し、手数料のうち四五万円を支払ったが、少なくとも右手数料残額五五万円を支払わなければならない。

第三当裁判所の判断

(一)  争点(一)(被告後藤及び同花倉の個人責任)について

まず、被告市の水道事業管理者としての被告後藤、被告市の水道事業に従事する者としての被告花倉が国家賠償法一条一項の「公権力の行使に当る公務員」であるかどうかを検討するに、右公権力の行使とは、国又は公共団体がその権限に基づいて行う作用のうち、統治作用としての優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、純然たる私経済作用と同法二条に規定される公の営造物の設置管理作用を除くすべての作用であると解するのが相当であるところ、水道法上、給水は契約によって行われ(同法一五条一項)、また市町村以外の者が水道事業の経営主体となり得る旨(同法六条二項)が規定されてはいるが、地方公共団体の経営する水道事業は公共の福祉の増進を目的とする地方公営事業であり(地方公営事業法二条一項二号、三条参照)、水道法それ自体も、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする(同法一条)給付行政に関する法規であること、したがって、水道法上、水道事業は原則として市町村が経営し、例外的に市町村以外の者がこれを経営する場合には関係市町村の同意が必要であるとされていること(同法六条二項)、また給水契約の申込の拒否、水道事業の無許可休廃止については刑罰をもって臨み(同法五三条二号、三号)、需要者に対する給水を強制的に実現していることなどに鑑みれば、地方公共団体による水道事業が純然たる私経済作用であるとはいい難く、もとより右が国家賠償法二条の公の営造物の設置管理作用でないことも明白であるから、水道事業の管理者あるいは水道事業従事者としての被告後藤及び同花倉が、給水契約申込の拒否に関し、「公権力の行使に当る公務員」に該当することも明らかである。

同様に、下水道法も、下水道の整備を図り、もって都市の健全な発達及び公衆衛生の向上とに寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とする(同法一条)給付行政に関する法規であること、公共下水道の管理は市町村のみが行うこと(同法三条一項)、排水区域内の土地所有者等に公共下水道の使用が求められていること(同法一〇条一項)などに鑑みれば、地方公共団体による公共下水道使用の拒否におよそ私経済作用たる性質を見い出すことはできず、また国家賠償法二条の場合でないことも明白であるから、被告後藤が、公共下水道事業の管理者として、「公権力の行使に当る公務員」に該当し、本件で問題となっている下水道使用の拒否に関係していたといわねばならない。

ところで、公権力の行使に当たる国または公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国または公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであっで、公務員個人はその責任を負わないと解するのが相当である(最判昭和五三年一〇月二〇日・民集三二巻七号一三六七頁)。けだし、国または公共団体には被害者に対し十分な賠償能力がある以上、その能力に乏しい公務員個人にまで責任を負担させる必要がないからであり、また、被害者から公務員個人に対する直接の損害賠償を認めることになると公務員を萎縮させ、却って公務の適切な運営を妨げることになるからである。したがって、公務員がその職務を行うについてなされた行為である限り、その行為が後に犯罪を構成すると判断された場合であっても、被害者は公務員個人に賠償を求めることはできない。もっとも、職務とは全く関係なく他人に損害を与えた場合はもちろん、職務執行の外観を一応は備えていても、専ら他人に損害を加える目的をもって職務に属する行為をなすなど当該公務員に職務執行の意思が全くないような場合には、最早他人への加害行為が職務を行うについてなされたものということはできないから、公務員個人が被害者に対して賠償の責を負うものと考える余地がないではない。

しかし、本件の場合、既に認定した事実によると、原告会社が問題としている給水契約申込に対する被告後藤及び同花倉の措置、公共下水道使用届出に対する被告後藤の措置が、それぞれの行政上の地位・権限に基づく職務行為としてなされたことは明白であり、被告後藤及び同花倉に専ら原告会社に損害を加える目的があったとは到底認められないから、結局のところ、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の本訴請求のうち被告後藤及び同花倉に対して損害賠償を求める部分は主張自体失当であり、棄却を免れ得ない。

(二)  争点(二)(給水契約申込の事実上の拒絶)について

水道法一五条一項は、給水契約の申込がなされた場合において、水道事業者は正当な理由がなければこれを拒んではならないとして契約の締結を強制しているから、水道事業者が申込の受理ないし承諾の意思表示を形式上留保するといっても、水道事業者が手続的に必要な期間が過ぎても応諾の意思を表示しなければ、それは実質的には給水契約申込の拒否にあたり、正当の理由(この場合の正当の理由が水道法固有の目的に限られることは後記認定のとおりである)がない限り、水道法一五条一項に違反する措置として許されないものと解される。

しかし、水道事業者が申込に対する応諾の意思表示をするにつき、申込人において一時的に猶予する、すなわち留保することについて同意している場合、あるいは、留保することについて申込者の同意のあることが必ずしも明確ではないが、さりとて留保することについて拒絶の意思を明らかにしているのでもなく、かつ、一定の手続上実体上の合理的理由が存し、法秩序全体の見地から是認できる場合には、水道事業者がその裁量として、申込に対する応諾の意思表示について、これを留保することは、何ら水道法一五条一項に違反するものではないと解される。

しかして、地方公共団体たる水道事業者が、建物の建築に伴って給水契約の申込をなす者に対し、当該建物の出現によって付近住民に日照阻害等の被害を及ぼし、都市環境の悪化をもたらすとして、建物建築に関して一定の作為、不作為を求める行政指導をなし、その間、給水契約申込の応諾を留保することは、水道法固有の目的以外の行政目的を達成するための留保といわざるを得ないが、地方公共団体に期待されている住民と業者との調整機能を考えると、行政指導は社会通念上是認できるから、行政指導を理由とする留保をもって直ちに水道事業者の応諾義務に反する行為という必要はない。

しかしながら、行政指導そのものは、住民の権利を制限したり、住民に義務を課したりするような法律上の強制力を有するものではないから、行政指導を行っていることを理由とする留保には、自ら限度があることも否定できない。すなわち、行政指導は、一定の行政目的の実現を求めて相手方に協力を求めて働きかけるものであるから、相手方の任意の協力が前提であり、相手方が当該行政指導に従う可能性がある場合はともかく、相手方において、真摯かつ明確に行政指導に従う意思のないことを表明した後においても、なお留保を継続するのは違法と解すべきである(最判昭和六〇年七月一六日・民集三九巻五号九八九頁)。

これを具体的にいえば、地方公共団体には地方公共の秩序維持、環境の保全整備等の責務(地方自治法二条三項一号、七号)が課せられているのであるから、地方公共団体が右責務をまっとうするため、行政指導に対する相手方の協力を求めて粘り強く説得を試みることは許されるべきで、相手方が言葉の上では行政指導に協力しない旨を一応述べているけれど、未だ説得によっては翻意の可能性がある場合には、暫時行政指導を継続してその間給水契約申込の応諾を留保してもやむを得ないが、それ以上に、たとえ環境保全等の見地からは行政指導への協力を得ることが望ましいとしても、給水契約申込者が契約締結を留保されたままでの行政指導に従う意思のないことを明確にしたときには、もはや留保を保留することは許されず、以後もなお留保を継続することは、給水契約の申込を拒んでいることになるのである。

次に、行政指導を理由とする留保を制約するものとしての時期が考えられる。けだし、行政指導が相手方の任意の協力を前提としている以上、給水の申込を応諾した時期が相手方にとって実効性のないようなことは許されないのである。

被告らは、水道事業者において一旦は申込の受理を留保してもその後一定の条件のもとに再度申込をなせば給水を実施する意思が存在する場合には給水申込の拒否とはいえない、また、行政指導の適法性判断は行政指導を行う地方自治体の意思、相手方の意思表示の動機、態様等を総合考慮のうえ行うべきであると、それぞれ主張するが、前者の主張は、一定の条件を充足しない限り無制限に給水を拒絶するということにほかならないから、水道法に定められている水道事業者としての応諾義務に反することが明らかであり、後者の主張は、行政指導そのものの適法性というよりは、いかなる場合に水道事業者に課せられる給水契約申込への応諾義務を免ずることができるかとの視点から検討すべきであり、地方公共団体たる水道事業者が水道法固有の目的以外の行政目的を達成するため給水契約締結を留保するには、留保そのものと、行政指導とのいずれについても相手方の任意の協力が必要であることを看過している点において左袒できない。

そこで、以上の見地から既に証拠によって認定した事実によって本件を検討すると、まず原告会社の昭和五二年一月三一日の第一回給水契約申込についてであるが、原告会社は、同月一四日、本件マンション建設工事の請負契約を締結したというも、工事には未だに着手しておらず、生活用水はもちろん、工事用水の確保に逼迫していたわけではないこと、原告会社と付近住民との話し合いは、当時中断していたとはいえ、住民の態度はきわめて強硬であり、住民からの被告市に対する調整への期待が高かったうえに、原告会社が共同ビルをめぐる紛争の際には紛争調整委員会の示した調整案に応じていることからすると、市当局が原告会社に対し本件指導要綱に基づく運用を本件マンションをめぐる紛争についても受け入れさせることができると考えたことに相当の理由があったというべきであり、この時期における、申込書の不受理は、被告市が原告会社に対し本件指導要綱の遵守を促し、住民との調整をするのに必要な時間を得るためにした留保とみるのが相当である。

しかし、原告会社の同年一一月一八日ころの第二回給水契約申込については、これに至るまでの間に、原告会社が同年三月九日ころ付近住民との話し合いを打ち切る旨被告市に通告し、反対住民の一部に金銭を支払って建設の同意を取り付けた同年四月以降は、原告会社と反対住民との交渉はほぼ断絶している状態にあったこと、本件調整案に対しても、本件マンションに関係のない第三ユニアス事件の処理を要求されて裁判を受ける権利を妨害されるのは理解できない旨述べ、あるいは第三ユニアスの係争部分を第三者に譲渡したなどと通知し、本件調整案に応じる態度を亳もみせず、一旦提出した教育施設負担金の寄付願も同年六月二八日に取り下げたこと、同年一一月一六日ころにも原告会社が福原工業所を代理人として新設水道工事申込書を提出したこと、しかも、当時本件マンションの工事は八割方終わっていて、最終的に本件マンションを購入した者のうち四分の三がこの時期までに売買契約を締結しており、生活用水の確保が現実の問題となっていたこと、そのため原告会社は、被告市に対し、本件マンション購入者の入居遅延によって売買契約が解除される虞れがあり、その場合には原告会社は多額の補償金を購入者に支払わなければならなくなることを説明し、「早急に手続を進行させるようお願いする」旨述べた書面を送付していたことなどの事実を総合すると、原告会社が給水契約締結の留保に同意し、あるいは、本件調整案を受諾するなどして付近住民の日照同意を得、かつ教育施設負担金を納付するようにとの被告市の行政指導に任意に応ずる意思があったとは到底みられず、原告会社が翻意する可能性もなかったというべきであるから、原告会社は、遅くとも第二回給水契約申込の際には、被告市の行政指導には従わない旨の意思を真摯かつ明確に表明していたものといわざるを得ないし、また、時期的にも購入者の入居が目前に迫っていたことからすると、給水の申込を留保する時期的制約の限度に達していたとみられる。

これに対する被告らの弁明のうち、隣の共同ビルから水を引いて十分な給水を受けていたので申込は形式的なものと理解していたとの点については、隣の共同ビルからの引水が正規なものでない以上、原告会社が給水契約の締結を望むのは当然のことで、これを単に形式的なものというのは本末転倒であり、また被告市の行政指導により原告会社と住民との紛争が解決目前になっていたとの点については、確かに原告会社は、第二回給水契約申込の後、被告市に日照同意対象者の氏名を尋ね、また教育施設負担金の寄付願を提出する考えをほのめかしてはいるが、前者は、既に知悉しているはずの事項について期限を定めて書面での回答を求めるなど原告会社の真意がどこにあったか疑わしめるものであり、後者は、日照同意書をも要求する被告市の意向に沿っていないこと明らかで、いずれも被告市にとって原告会社が歩み寄りの姿勢をみせていたと判断する根拠となり得るものでなかったこと、本件調整案も、また原告会社代表者山田基春が、かねてから原告会社に対して第三ユニアス事件についての仮処分異議申立の取下げを求めるもので、裁判を受ける権利を奪うものであるから、到底受け入れられない旨明言していたこと等の事実に鑑みると、本件マンション以外のマンション建設にあたって原告会社が結局は行政指導に従ったとの一事のみでは、原告会社と住民との紛争が解決目前になっていたとの判断に相当の理由があったと考えることはできない。

そうすると、この段階においてなお、被告市が給水契約申込の受理ないし承諾の意思表示を一時留保していたのは、行政指導の限界を超えており、契約申込の拒否にあたるというべきである。

更に、原告会社の昭和五三年一月一一日の第三回給水契約申込、同月二三日の第四回給水契約申込について考えると、右のように一旦留保が許されなくなった後に、これが改めて適法となるような事情は存せず、かえって昭和五二年一二月末ころまでに上下水道の点を除いて本件マンションが竣工したため、その購入者の生活用水を確保することがより切迫した課題となっていたことが認められる。

(三)  争点(三)(給水契約申込を拒否する正当の理由)について

水道法一五条一項にいう「正当の理由」とはいかなる場合がこれに該当するかであるが、水道法においては給水契約の申込を拒否できる場合を具体的に定めていないが、給水を停止し得る場合については定めており、それによると、給水することが不可抗力や物理的に不可能な場合、及び供給を受ける側に供給契約の基礎を失わしめるような帰責事由が存する場合を停止事由としていることが窺える(水道法一五条二項、三項、一六条参照)ところ、ここでは未だ水道の供給が始まっていないから、供給契約の基礎を失わしめるような帰責事由の存在については考える必要はなく、結局、供給することが不可抗力や物理的に不可能な場合のみを考えれば足りることになる。そこで、水道事業者が給水契約の申込を拒むことを許す例外的な場合である「正当の理由」につき、停止についての右規定との対比において、水道事業を遂行するうえでの技術上、物理上障害となる事由に限るのか、あるいは総合的な行政上の要請を達成する場合を含むのかが検討されなくてはならない。

地方公共団体は、統治機関として、公共の秩序維持、環境の保全整備等に努めなければならないから、本件のような建設業者と住民との間の紛争を調整することはその重要な責務と考えられるが、水道法が「清浄にして豊富低廉な水の供給を図る」ことを目的としている(水道法一条)ことからすると、同法所定の強制手段を環境の保全整備を企図している点では共通であるといっても、その目的以外の行政目的、すなわち、建設業者と住民との間の紛争を調整することで環境の保全整備を図るという行政目的のために行使することは、法の執行を恣意的にし、ひいては法律による行政の原則にも反することになって許されないものと考える。

そこで、地方公共団体たる水道事業者が給水契約の申込を拒否できる場合というのは、水道法に固有の目的、すなわち「清浄にして豊富低廉な水の供給を図る」ことに則るものであることが必要であり、したがって、給水契約申込の拒否に正当の理由があるというのは、水道事業者に給水契約締結の義務を課し、申込者に給水することが、水道法の右目的にそぐわない結果をもたらす特段の事情の認められる場合、本件においては、技術上物理上の障害となる事由に限定されるのであるが、既に認定した事実によると、被告市が給水契約の申込を拒否するような技術上物理上の障害がなかったことが明らかである。

但し、当裁判所も、水道事業者が申込者に給水することを義務付けることがかえって公序良俗を害する場合には、水道事業者が給水を拒絶しても、これを違法であるということはできない、すなわち、右のような事情があれば、給水拒否についての違法性を阻却する事由となるものと解する。もっとも、水道事業者が申込者に給水することが、他の事情と関連なしに直ちに公序良俗違反となることは通常考えられないから、ここにいう公序良俗を害する場合とは、申込者に公序良俗違反というべき点があり、水道事業者が給水することが相手方の公序良俗違反を助長するという関係にあることであろう。

そこで、右の観点から被告市の給水拒否についての違法性を阻却するような「正当な理由」が存したかを検討する。

被告らは、本件マンションによる日照阻害が重大であること、原告会社が本件調整案に対する諾否を回答せず、紛争の解決を一層困難なものにしたこと、原告会社には地域共同社会における円満な協調心が欠けていることなどを挙げて、給水契約申込拒否に正当な理由があると主張するところ、まず、日照阻害の重大性については、(<書証番号略>、証人伊藤隆造)によれば、本件マンション建設に同意しない住民のうち、本件マンション建設によって最も日照阻害を受けるのは通称下方荘に居住する訴外浅倉晴雄らであり、同荘の南側壁面は、本件マンションによって約二時間の日影に入るに過ぎないこと(ただし開口部の存否は不明である)、本件マンションのほか原告会社の建設した共同ビル、第三ユニアスによる複合日影についても最も日照阻害を受けるのは右浅倉晴雄らであるが、右複合日影の大部分は共同ビルによるものであることが認められ、かつ共同ビルの建設については付近住民も同意し、解決金を受け取っていることや、本件マンション等の建設地の地域性(前記第二の一(二)5)に鑑みれば、付近住民の受ける日照阻害の程度は受忍限度内であるという余地があり、仮に本件マンションの建設によって付近住民が受忍限度を超える日照阻害を受けたとしても、それは本来私権の侵害として住民が民事手続のなかで是正すべきものであり、少なくとも、受忍限度を超えるか超えないかという程度の日照阻害では、未だ公序良俗違反を構成するというに足りないし、加えて、一旦本件マンションが完成したからには、これに給水を行うことが日照阻害に関連する公序良俗違反を助長するとみることはできない。

次に、原告会社が本件調整案に対する諾否を回答しなかったとの点について、本件調整案が必ずしも原告会社にとって受け入れやすいものではなかったことは前述のとおりであるし、そもそも被告市の紛争調整委員会による調整制度に従うか否かは全く任意のものであるから、本件調整案に対する諾否を回答せずとも、それが公序良俗違反を構成することはない。

更に、本件指導要綱に従わなかった原告会社には地域共同社会における円満な協調心が欠けているとの点について、原告会社が昭和五一年七月二六日から同年九月八日までの間、前後五回にわたって住民説明会を開いて住民の要望を聞き、日照阻害の著しい一部住民とは金銭解決をなしていること、本件マンションの設計を最北側部分で七階建から三階建に変更する案を示し、建築確認にあたっても北側二列目を八階建から七階建に設計変更していること、本件マンションが当時の建築基準法等の法令に違反しないことなどに鑑みれば、原告会社に好んで住民との紛争を起こしたということはできない。

なお、付言すると、本件指導要綱は制定された経緯と目的とがどうであれ法律及び条例と異なり相手方の任意の履行を期待する行政指導の方針を示す内部準則に過ぎないことからすると、これに従わなかったからといって過度の違法性の評価を下すべきではなく、いわんやそれが直ちに公序良俗違反となるものではないというべきである。

以上のとおりであるので、被告後藤による原告会社の第二回ないし第四回給水契約申込に対する契約締結の留保は、水道法一五条一項に反して違法であると解すべきであるから、これにより原告会社に生じた損害のうち、通常生ずべき損害は、被告市において賠償する義務がある。

(四)  争点(四)(公共下水道使用拒否の有無)について

下水道法には、下水道使用の拒否について水道法一五条一項に相当する規定がないが、公共下水道は地方自治法二四四条一項にいう公の施設であるところ、同条二項において、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないとしているので、正当の理由があれば公共下水道の使用を拒むことができると一応はいえる。

ところで、武蔵野市下水道条例(昭和四〇年四月一日条例第一四号)によれば、排水設備の新設等をしようとする者は、予めその計画を市長に届出なければならず(同例五条一項。罰則につき同例二九条一号)、右届出が受理されていないにもかかわらず、排水設備の新設等の工事が行われた場合、工事を行った業者に対しても過料の制裁が加えられる(同例二九条三号、七条の二)のであり、右届出が受理されなければ排水設備の新設工事、ひいては公共下水道の使用が事実上不可能となるのであるから、排水設備新設計画の届出を受理しないことが、すなわち公共下水道使用の拒否にあたるものといえる。

そうすると、結局のところ、被告市が右届出の受理を留保することは原則として許されず、ただ、届出人が受理の留保に同意し、あるいは明確な同意はないものの、受理が留保されたままでの合理的な行政指導に任意応じている場合には、被告市が排水設備新設工事計画の届出の受理を留保したことをもって、公共下水道使用の拒否という必要はないと解される。

本件においては、前記(二)のとおり、原告会社が被告市の留保措置に同意したとは認められず、むしろ被告市の行政指導には従わないとの意思を明確にしているので、原告会社が三回にわたって排水設備新設届出書を提出したのに対して被告後藤がこれを返戻した行為は、原告会社による公共下水道の使用を拒否したものというほかない。

(五)  争点(五)(公共下水道使用を拒否する正当の理由)について

先に給水契約申込を拒否する正当の理由について述べたところ(前記(三))に鑑みれば、公共下水道使用を拒否する正当の理由とは、相手方に公共下水道を使用させることが下水道法の趣旨目的にそぐわない結果をもたらし、あるいは、これが公序良俗違反を助長する特段の事情のある場合をいうものということができる。

しかしながら、下水道法によれば、排水区域内における公共下水道の使用は権利というよりも義務なのであって(同法一〇条一項参照)、継続して一定の量または水質の下水を排除して公共下水道を使用しようとする者の使用開始等届出の義務(同法一一条の二)、使用開始後における除害施設設置等の義務に関する条例制定権(同法一二条一項、一二条の一〇第一項)などの規定とも対比して考えれば、排水設備新設工事に関する届出を受理せず、もって公共下水道の使用をその開始前から拒否することについて右特段の事情がある場合とは、条例で定められた除害施設設置等の義務を尽くさないまま、著しく公共下水道の施設の機能を妨げる下水を排除し続けることが確実に見込まれ、事後的な手当では回復し難い公衆衛生上の害悪が発生するおそれがあり、その者に公共下水道を使用させないことによる公衆衛生上の害悪を考慮してもなお、公共下水道使用を事前に阻止するのもやむを得ないというような極めて例外的な事態のみしか想定できないのである。

かかる見地から本件をみれば、原告会社に公共下水道を使用させることによって下水道法の趣旨目的にそぐわない結果をもたらし、あるいは公序良俗違反を助長するとの特段の事情は到底認め難いのであり、被告後藤が原告会社からの三回にわたる排水設備新設届出書を受理せず、もって公共下水道の使用を拒否したことに正当の理由はなく、下水道法の趣旨及び地方自治法二四四条二項に反するものといわざるを得ない。

被告市及び同後藤は、上水道を利用し得ない者は下水道を利用する必要がなく、上水道利用拒否につき正当な理由があるとき、下水道利用拒否についても正当な理由があると主張するところ、本件においては、前述のとおり、第一回ないし第三回下水道使用届出と同時になされた第二回ないし第四回給水契約申込の拒否について正当の理由がないのであるから被告主張はその前提を欠くうえ、仮に各給水契約申込の拒否に正当の理由があったとしても、本件のように事実上給水を受けている者については下水道使用の必要性が生じるのであり、にもかかわらず下水道の使用を拒否するときには公衆衛生の悪化をもたらすこと明白であり、前記のような例外的な事態にあるのでなければ下水道使用を拒否する正当な理由はないものと解されるのであるから、被告市及び同後藤の主張は採用の限りでない。

以上のとおりであるので、被告後藤による原告会社の第一回ないし第三回公共下水道使用届出に対する公共下水道使用の拒否は、下水道法の趣旨及び地方自治法二四四条に反して違法であると解すべきであるから、これにより原告会社に与えた損害について被告市は賠償する義務がある。

(六)  争点(六)(損害)について

1  引水設備の設置

引水設備の設置(別紙給排水設備及び維持費用明細の番号1、2)は、原告会社の主張によれば、昭和五二年三月末ころ行ったというのであるから、同年一一月一八日ころ以降の違法な給水契約締結拒否との間に因果関係は認められない。

2  汲取槽の設置、維持 金三三三万円

(<書証番号略>、原告会社代表者)によれば、原告会社は、公共下水道の使用を拒否されたので、本件マンションからの排水を処理するため、昭和五三年三月ころ、別紙給排水設備及び維持費用明細の番号2、3、5、7、8のとおり、訴外有限会社村山組外三名に汲取槽の設置(代金三〇〇万円)、緊急排除補助ポンプの設置(代金一四万円)、汲取槽の維持(代金九万円)、汲取槽の詰まりの除去(代金一〇万円)を行わせ、それぞれその代金を支払ったことが認められ、これらについて被告市は損害賠償の責を負う。

原告会社の主張のうち、右明細の番号4の下水管生コンクリート清掃工事については、かかる工事及び出費の事実は認められる(<書証番号略>、証人重田幹夫、原告会社代表者)ものの、公共下水道使用拒否との因果関係がなく、また右明細番号6の訴外富士美装有限会社による汲取槽の維持については、かかる出費を認めるに足りる証拠がない。

3  マンション購入者に対する補償 金一五〇万円

(<書証番号略>、証人小野敏夫、原告会社代表者)によれば、原告会社は、上下水道の使用を拒否され、本件マンションの各購入者からそれぞれ売買代金の完納を受けたにもかかわらず、本件マンションを引き渡すことができなかったので、やむを得ず、別紙入居者補償一覧表のとおり、訴外鈴木綾子外一三名に対して、それぞれが入居遅延によって負担したアパート代、ホテル代等の補償として、合計一五七万六〇〇〇円を支払ったことが認められるが、その中にはホテルにおけるルームサービス代や入居日以降のアパート代に対する補償も含まれていることを考慮すると、被告市の違法な給水契約締結拒否、公共下水道使用拒否との間に因果関係のある補償は金一五〇万円であると認めるのが相当であり、被告市は右の限度でこれを賠償すべき責を負う。

なお、原告会社の主張のうち、訴外熊谷むめに対する金五万五〇〇〇円の補償の賠償を求める部分については、かかる出費を認めるに足りる証拠がない。

4  告訴費用

(<書証番号略>、原告会社代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社が被告後藤及び同花倉らを水道法違反、職権濫用罪で告訴することにし、これを弁護士である訴外河井信太郎(告訴手数料二〇〇万円、起訴のとき、または上下水道使用実現のときの報酬三〇〇万円、日当一日一〇万円)、同藤井博盛(告訴手数料七〇万円、起訴のとき、または上下水道使用実現のときの報酬一三〇万円)に依頼し、右のとおり報酬等を各約したところ、被告後藤が水道法違反の罪により起訴され、また右河井がこれに三日を費やしたので、河井に対しては告訴手数料、報酬、日当合計五三〇万円を支払い、藤井に対しては告訴手数料七〇万円を支払ったが、残る藤井に対する報酬一三〇万円を支払わなければならないことが認められる。

しかし、右告訴によって被告市の違法な給水拒否、公共下水道使用拒否の状態の解消が早まったような事実が認められないこと既に認定した事実(前記第二の一(二)6(8) 参照)から明らかである。

そうすると、告訴は後記6の弁護士費用と異なり、原告会社の損害の回復に何ら寄与していないのであるから、被告市においてその費用を負担する理由はない。

5  名誉、信用毀損等

原告会社の主張のうち、原告会社の受けた精神的苦痛をいう点は、原告会社と原告会社代表者個人とを混同したものと思われ失当であり、その余の新聞報道による名誉、信用などの社会的評価の侵害をいう点については、かえって(<書証番号略>)によれば、本件マンションに関する新聞記事は、原告会社が被告後藤らを告訴した以後のものばかりであり、その内容において多くは原告会社を非難したり、その信用、名誉を毀損するものではないと認められるのであり、中には原告会社を無法者と呼ぶ記事等が存するが、仮にこれによって原告会社の信用、名誉が毀損されたとしても、それはかかる記事を掲載した新聞社が責任を負うべき事柄であって、被告らの行為との因果関係は認められず、これについて被告市が金銭賠償あるいは謝罪広告掲載の責を負う理由はない。

6  弁護士費用 金四八万三〇〇〇円

原告会社が原告会社訴訟代理人及び訴え提起後辞任した前訴訟代理人に本訴訟の提起および遂行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、また(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社が右代理人らに対して手数料合計一〇〇万円、報酬約一割を支払うことを約し、手数料のうち合計四五万円を支払ったことが認められるが、本件事案の内容、審理経過、結果等に照らし、手数料ないし報酬の名目を問わず弁護士費用として被告市が賠償すべき額は前記2及び3の認容額の一割をもって相当とする。

第四結論

以上の次第であるので、原告会社の本訴請求は、不法行為に基づく国家賠償法上の損害賠償として被告市に対して金五三一万三〇〇〇円及びこれに対する損害発生の日の後である昭和五三年一一月一四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告市に対するその余の請求並びに被告後藤及び同花倉に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔柳正義 裁判官 山野井勇作 裁判官 石橋俊一)

別紙 謝罪広告文案

貴社の建築にかかる武蔵野市吉祥寺南町一-二六五八S・R・C造一部RC造八階建共同住宅(ヤマキマンション)に対し、水道の給水並びに下水道の使用を拒否して、上下水道使用権を侵害し、多大な苦痛と御迷惑をかけたことをここに深くおわび致します。

別紙 給排水設備及び維持費用明細<省略>

別紙 入居者補償一覧表<省略>

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